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「座右の銘 其の01 : 自分と他人は違う 他人と自分は違う」 - 記録 - 汰椿 : http://tachun.info/

自分と他人


このタイミングでどうかとは思いますが...
(...と言うのは単独公演を控えた、という超個人的なタイミング)


今回から不定期で「座右の銘」シリーズを始めます!!

\('∀\)ワーワーワー(/∀`)/




先ず第01回目は此方っ!!



自分と他人は違う 他人と自分は違う



です。

此が自分の中では他の何よりも「真実」を表していると思う言葉です。


別に否定的、排他的な意味ではないです。




傲慢だとか、高飛車だとか言われる事もあります。


そういった言葉の雰囲気から得られる意味では無く、ただただ単純に、純粋に「自分」と「他人」は違うという事を、其れを理解する事が大事なのではないかと思います。




自分自身の事も、100%理解出来てる人は少ないと思います。
少なくても自分は出来て無いと思います。

しかし、人間が唯一頭と身体と心で実感出来る存在が自分という個です。

自分以外の個に対して出来るのは上記の「実感」した経験を元に予想する事だけです。

例えその予想を、対象となる個に確認したとしても、得られる答えは「対象というフィルターを通して出てくる」言葉や行動であり、実感ではありません。

対象が人間だけではなく、動物や植物であっても変わりません。

むしろ人間以外の動植物の方がイメージし易いかも知れませんね。



つまり、自分にとって極少数派でしかない唯一の「自分という個」を、超多数派の「自分以外の個」により良く伝える為には何が必要か。

と、考える必要があるのでは無いか。

という事を表している言葉だと思っています。



例えば家族、例えば恋人、例えば親友等同じ環境で過ごし会話をより多く交わせば、その予想の精度は高くなるでしょう。

しかし限り無く精度が高くとも「予想」は予想でしか無いのです。


では関係性の薄い個に対してはどうしたら良いか。

意識も時間も家族や恋人程さけない。



ならば、スタート地点をもう一度、しかし可能な限り高い精度で見直しませんか?

って事です。





大分長くなっちゃいましたねwww


本当は、サラリと終えるつもりだったのですが...

まぁ初回という事で(;´∀`)





p.s.

もう明後日ですが、単独公演行います。

是非観に来て下さい。

詳しくは↓↓↓

http://bit.ly/qoxtIF
http://bit.ly/pjvGq8

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このページは、汰椿が2011年9月17日 04:12に書いたブログ記事です。

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